「Tさん、奥さんどんな人ですか?」
…とは、さすがに聞けませんでした。
こんな素敵な人が。イケメンでオシャレで、いい会社に勤めてるエリートで、きっと良いパパで。
どうしてこんな人が出会い系で相手を探しているんだろう。
いや、理由はわかっている。寂しいからだ。誰かに抱きしめてほしいんだ。
そして、きっと奥さんも寂しい思いをしているんだろうな。
せっかく夫婦になったのに、どうしてすれ違ってしまうんだろう。
夫婦って、結婚って、なんだろう…。
もしTさんと付き合ったら。
きっと楽しいと思う。優しいし、癒してくれそう。いろんなところに連れて行ってくれるだろう。
でもやがて、耐えられなくなるだろうと思いました。
私は、娘がいるものの、独身。Tさんには奥さんと、二人の息子さんがいる。
会いたいときに会えない。付き合っているのに寂しい。そんな状態になることでしょう。
最初は良くても、彼に八つ当たりしたり、泣いたりするようになる自分が容易に想像できました。
ダメダメ。寂しさを既婚者で埋めてはロクなことがない!
せっかく、堂々と恋愛ができる身分なんだからね。独身を謳歌しなくちゃ✨
デザートまでゆっくり堪能したあと、私は言いました。
「Tさん、とっても楽しかったです。私そろそろ行かなきゃ!出ましょうか」
店を出ると秋の風は冷たく、少し肌寒く感じました。
少し前を歩いていたTさんは振り返ると、こう言いました。
「まだ少しだけ時間ある? 公園を歩いて帰ろうよ」

平日昼間の公園には人影もまばらでした。
Tさんが行くほうに歩いていくと、ますます人影がまばらになってきて…
人目につかない木陰で彼はこちらを振り向くと、言いました。
「サエコちゃん、今日楽しかった。また会ってほしい」
その真剣な目の色と表情に、母性本能をくすぐられ…
正直、ほだされそうになりました。
1秒、2秒…。気持ちを整えてから…。
私は息を吸い込むと、言いました。
「ダメです!!」
「え…」
「素敵だからです。だけど結婚してるからダメです。じゃあ、なんで会いに来たのって言われるかも知れないけど、会ってみたいって思っちゃったんです。…ごめんなさい」
一気に言い終わったあと、心臓はバクバクと音を立てているようでした。
Tさんは一瞬、困ったような顔をしました。そして、私の頬に手を添え…唇を近づけてきたのです。
私は思いっきり顔を横に向けて避けました。
うわ、なんて色気のない避け方なんだろう…💦
心の中で自分にツッコミを入れつつ
「それはダメです!!」
よしっ、きっぱりお断りしたぞ!
「…クックックッ…」
Tさんはこらえきれない風に笑いだしました。
「めちゃくちゃ避けられた」
「こわっ!!既婚者、こわっ!!」
二人とも笑いだしました。
「じゃあこれだけ。ね」
彼は言うと、私を抱きしめました。
あ…男の人のハグ、久しぶり…
たった数秒間の出来事でした。でも、そのぬくもりに包まれていた時間は、もう少し長く感じました。
駅までの道、私たちは無言でした。
そして、待ち合わせと同じみどりの窓口前で笑顔で別れ、そのあと、どちらからも連絡することはなかったのでした。
…ちょっと惜しいことしたかな??
(*´з`)